管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第36回は「和声から外れた音:和音外音」。
前半は「和音外音」のお話です。ワオンガイオン?って感じですが本文を読めば多分わかるはず・・・
後半のエッセイ的な部分は「本番のリハーサル」です。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(30)
合奏と楽曲分析のための和声の超基礎(17)
さぁ、今回はこれまでの和声の約束事や種類から外れたものについてのお話です。
和声から外れた音・・・それらを「和音外音(わおんがいおん)」と呼びます。
楽典の本によっては「非和声音」と呼んでいるものもありますが、個人的には「和声ニ非ザル音」というのはこれらのグループのメンバーにあまりにも失礼だと思っています。そのような理由から僕は「和音外音」という呼び方を使用しています。
「和音の積み重ねから外れた音の構成」・・・それが和音外音です。
以前、主にジャズの世界で活躍しているプレイヤーの方と雑談した時に、その方が「演奏するときに、いかに和声の約束事を外していくかを考えて演奏する」といったことを話していました。無論クラシックの世界では「楽譜に書かれていること」を「忠実に」演奏することが求められていますので、ジャズのイマジネーションを求められる場面での演奏とは厳密に言えば違うのですが、クラシック音楽を演奏するものとしてものすごく刺激的で「目から鱗」な話題でした。
安定した響きを持つ「和音」とその繋がりでできている「カデンツ」は音楽の中で中核をなすものであることは間違いのないことです。
その骨組みの中で、音楽が構成されていることは今までのコラムでお話しした通りです。
その上で、僕が「作曲した人が特に何かを訴えたい場所」を見つけるヒントとしているのが「和音外音」の場所です。そのような理由から「和音外音」について知ることは、楽曲分析や音楽の解釈をするのに有効なものになるのです。
和音外音がなぜ「大事な部分」なのでしょうか?理由はいくつかあると思いますが、簡単に言えばこのようなことだと思っています。
・音楽は「不安定から安定」へ進行したがる。本来安定する場所であるはずなのに不安定さが継続し、そこに「焦らし」を生み出す。
・和音外音は3和音のような溶け合う響きではなく、緊張感のある音程(2度音程)が使われているので、音楽の「摩擦力」を感じる。
・「摩擦力」のある音は他の部分に比べて「際立って」聴くものに訴えかける。
このような理由から「和音外音」が音楽の表現にとって重要なものであることがわかると思います。
それでは和音外音の仲間達を知っていきましょう!
和音外音は大きく2つのカテゴリに分類されます。
1・旋律に彩りを添える音
2・和音と和声の枠組みを支える音
さらに詳しく見ていきましょう。
和音外音には以下のような種類があります。是非ともこれらの名称と特徴を覚えておきましょう!
「かなり多く曲に登場する和音外音」
・経過音(けいかおん)
・刺繍音(ししゅうおん)
「結構多く登場し、重要な和音外音」
・倚音(いおん)
・掛留音(けいりゅうおん)
「それほど多くは用いられないが、覚えておきたい和音外音」
・先取音(せんしゅおん)
・逸音(いつおん)
これらの各和音外音の性質を記号で図示してみるとこのようになります。
(凡例・●=和声音、◎=和音外音、↑=上行、↓=下行、↑↓=上行もしくは下行 )
経過音(カ)=●↑◎↑● or ●↓◎↓●(弱拍に登場する)
刺繍音(シ)=●↑◎↓● or ●↓◎↑●(弱拍に登場する)
フォスター作曲「夢路より」
倚音=(イ)◎↑↓●(強拍に登場する)=和声構成音へ「擦り寄っていく。」
ワーグナー作曲「タンホイザー」序曲より
掛留音(ケ)=◎?◎↑↓●(倚音が、前の小節の音からタイで繋がっている)
ベートーヴェン作曲「ピアノソナタ、作品10?1」第1楽章より
先取音(セ)=●→●(ある和音の構成音が、前の小節からタイで繋がっている)
ジョルダーニ作曲「カロ・ミオ・ベン」より
逸音(ツ)=●↑↓◎(弱拍に登場する)=和声構成音から「逸脱してしまう」
譜例引用・熊田為宏「旋律法入門」(春秋社)より
全ての和音外音は、和声音との音程関係は「2度」になります。
なお、譜例のない「経過音」と「逸音」は表現上重要な音として特別な拝領の必要のない音になりますが、名前と特徴は覚えておきましょう。
これらの和音外音は吹奏楽の曲にも多く登場しますが、見つけるのは比較的簡単なので是非探してみてください。この図の法則さえわかれば怖いものはありません!
これ以外にもう一つ「保続音(ホ)」と呼ばれるものがあります。保続音とは「バスが同じ音で伸ばし続けているが、曲の和声は変化している」もので、英語では「オルガン・ポイント」、ドイツ語では「オルゲルプンクト」と呼ばれています。これはパイプオルガンの足鍵盤(オルガンの最低音を担当する)に由来したものです。
この保続音が楽曲に使用されている吹奏楽曲があります。
ホルスト作曲の「吹奏楽のための組曲第1番」の第1楽章です。赤い枠で囲んだ部分のバス音が「保続音(オルゲルプンクト)」です。
ホルスト作曲「ミリタリーバンドのための組曲第1番」第1楽章「シャコンヌ」(ブージー&ホークス社)より引用
楽曲を分析し、音楽を表現する時にはこの「和音外音」に注目して、意識的に扱うことにより表現の幅は格段に広がります。
この和音外音に気づいた人が「周りもやっている当たり前の合奏」から一歩先に進めるのです!
みなさん、和音外音を攻略することで「スーパー学指揮」への道がまた拓けましたね!これからも頑張っていきましょう。
【ミニコーナー】合奏の時に気にして欲しいこと(第17回)
本番までの合奏の組み立て方~本番のリハーサル編
前回に引き続き、本番直前のリハーサルのお話です。
本番直前のステージリハーサル、みなさんの楽団はいつもどのような順番で行っていますか?
大きく分けると2パターン考えられると思います。一つは「プログラム順にリハーサル」そして「プログラムと逆順でリハーサル」という方法です。後者のことを「逆リハ」と呼ぶこともあります。
曲順でのリハーサルは、時間経過にそってリハーサルを 行うので、曲順やメンバーの出入り、楽器の出し入れや椅子の増減などのセッティング替えを本番のイメージでできるというのが最大の利点でしょう。 演奏メンバーや裏方さんにも演奏会の流れをリアルにイメージさせることができます。
この曲順でのリハの欠点は、曲順でリハをするため、本番前にもう一度一曲目のセッティングにし直す必要があるということです。これがなかなか手間と時間のかかる作業で、なおかつセッティングを戻す際にちょっとしたヒューマンエラーで椅子や譜面台が足りなかったり多すぎたりする可能性があります。
それを解消するのが「逆リハ」での舞台リハーサルです。逆リハで行うことにより、本番直前のセッティングが演奏会の1曲目のセッティングになりますので、セッティングをリセットする必要なく本番に臨めます。
しかし、逆リハは椅子のセッティングや楽器の出し入れなどの順番も逆になりますので、リハーサルで混乱してしまう団体もあるかもしれません。セッティング担当者やステージマネージャーがしっかりと全体像を把握する必要があるのと、慣れていないと無用な混乱を招くということがあります。
吹奏楽など、人やセッティングの変更が頻繁な演奏会ではなかなかできませんが、オーケストラの演奏会の直前のリハーサルでは、僕は「演奏会後半を曲順でリハーサル→演奏会前半を曲順でリハーサル→一曲目のセッティングに戻す」というやり方をしています。そのことにより、セッティングの大幅なリセットや、逆リハによる無用な混乱を避ける対策をしています。参考までにこの「第3の方法」を頭の片隅に置いておいていただけたらと思います。
本番前、または演奏会場でのリハーサルで、身につけておいてほしいポイントをいくつかお話しします。
ステージリハーサルで大事なのはホールのスタッフ、特に裏方さんとのコミュニケーションを蔑ろにしないということです。そのために皆さんに気にして欲しいポイントをいくつかお話しします。・
まず、ホールスタッフの方々には明るく元気に挨拶をしましょう。ホールの人は一見怖そうな人が多いのですが、これはホールの舞台の近くというのは「思わぬ危険」がある場所だからです。もしものことがないようにスタッフの方は注意深くみなさんを見守っているので、少しでも危険なことをすると厳しい言葉が飛んでくることもあると思いますが、それは悪意があってやっていることではありません。ぜひとも感謝の気持ちを態度や行動で示しましょう。
ホールの使用区分は通常「午前」「午後」「夜間」という区分になっていて開始と終了の時間が決まっています。例え本番の日に「午前・午後」で借用していたとしても区分としてはぶっ通しでホールのスタッフを拘束しているという意味ではありませんので、各区分の終了時間にはリハーサルを終えるようなスケジュールを組みましょう。もしもリハーサルが少し延長しそうなら、その時はスタッフの方に早めにお伝えてし、可能な限り時間内で終わるように心がけてください。
実際に僕が学生時代に体験したことですが、リハーサルが長引いたのをホールのスタッフにしっかりと伝えなかったため、ホールの人が午前の区分が終わった段階でホールの照明を落とし、自分たちは昼食を食べに行ってしまったことがありました。完全にこちらの配慮のなさと不手際が原因なのですが、血の気が引くような体験でした。このような冷え切った関係で気持ちよく本番を迎えることなどできませんね。お互いが気持ちよく使用するためにも、最低限のマナーは忘れずに。
義務ではないのですが、舞台スタッフの方のお弁当を用意しておくのも、円滑な舞台進行の助けになることが多いです。別にお弁当を用意していなくても、舞台スタッフの方は仕事をするのですが、美味しいお弁当を用意してもらうとスタッフの方も悪い気はしないと思います。みなさんのために色々なアドバイスやお手伝いをしてくれるかもしれません。
そして、舞台上や舞台周りで「やってはいけないこと」や「こうしなくてはいけない約束事」を覚えておくことはとても大事です。教わらないとなかなかわからないことも多いのですが、聞けば「当たり前」な約束事が存在します。僕も何も知らなかった時はホールの人に随分と怒られたものです・・・。怒られながら約束事を覚えていって、徐々にホールの人とも打ち解けていったのですが、もし先輩や先生がそのような約束事を知っているようならばしっかり聞いておくことは大切です。
また、舞台周りや舞台設備に関する「用語」を知っておくのも、ホールの人に一目置かれるために必要なことです。それがわかっているとホールの人も「あいつ、ホールのこと色々知っているな・・・」という態度で向き合ってくれます。
そのような用語を知るための本があります。「舞台裏方用語事典」というもので、新刊では絶版ですが古書で手に入れることができます。興味がある方は探してみてください。ちなみに僕は今でも愛読しています。
音楽家として修行中だった頃、レコーディングのアルバイトで録音の会社に行ったことがありました。随分ステージのことはわかっているつもりでしたが、マイクのケーブルをまたいで怒られたり、「箱馬」がなんなのかわからず笑われたりした苦い思い出の上に今の自分がいます。このような苦い経験をみなさんが少しでも減らすことができたら・・・僕が心から伝えたいメッセージです。
時は過ぎ、現在では「コワイ裏方さん」は激減しました。ホールにいる舞台スタッフの方は皆親切で優しい方ばかりです。特に日本を代表するコンサートホールのスタッフさんは仕事ぶりも人間的にも「超一流 」な方ばかりです。しかし、それに甘えることなく、みなさんも舞台上だけでなく舞台周りでも「一流」を目指しましょう!
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!(これまでの連載はこちらから)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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